こんにちは☘

「あお助産院」の院長 青野有紀子です。

皆さんに「あお助産院」のことを知って頂くために、私自身のことを少しお話しますね。

私は静岡県浜松市に生まれ、3才で静岡県富士宮市に移り住みました。母が看護師であった影響から、幼い頃から看護師という職業に憧れ、高校を卒業した後は長野県の看護大学に進みました。看護学校生活の中で、赤ちゃんと関わる「助産師」という職業に魅力を感じ、卒業後は「助産師」として働くことに決めました。

助産師になり都内の総合病院に入職したものの、最初に働いた場は未熟児室という、お産の現場とは少し違った環境でした。小さく生まれた赤ちゃん、病気を抱えた赤ちゃん、毎日毎日、そうした赤ちゃんやご家族と触れ合い、わかちあい、小さな赤ちゃんの生命力にいつも励まされていました。助けられなかった命を見るたびに、正直、精神的につらいな、と思うこともありました。 「助産師」として、どう向き合っていったらいいのか分からなくなる時もありました。お産に絶対安全はないということ、命が宿り、元気に生まれ、育つということが当たり前ではないということを、この時出会ったすべての赤ちゃんに学ばさせてもらった気がします。

その後、産科病棟や、他のクリニックで働いた後、大学の頃より夢だった「夫と世界一周の旅」に出ました。


THE WAVE

夫婦そろって学生の頃よりバックパッカーだった私達は、家も、仕事も、全て手放して、自由気ままな旅に出ました。何を食べるか、どこで寝るか、どこに行くか。全てを自分たちで決め、その時を愛する人と分かち合う毎日は、とっても刺激的で、心が震える日々でした。

世界にはいろんな人がいて、いろんなママがいて、いろんな赤ちゃんがいます。文化が違えば子育ての考え方、やり方も違う。何にも不自由ない日本に生まれたから幸せ、とは限らず、どんな環境でも、家族が笑顔でいれるところに幸せはあるんだなと感じました。

帰国後は、地元の静岡県富士宮市に戻り、長男を出産。3年後、長女を出産しました。

長男は富士宮市の助産院エス・アール・ハウスで出産をしました。助産師といえど、お産を体験するのは初めてのことです。初めて体験する陣痛の痛みは想像を超え、気を抜けばパニックになりそうでした。でも、自分の自由なスタイルで、家族、友人、そして信頼する助産師の先生に見守られたお産は、私の心を落ち着かせ、母子ともに元気に赤ちゃんを出産することができました。

そして体感した産後の穏やかな入院生活。赤ちゃんと自分だけの穏やかな時間。先生が手作りしてくれるあたたかいご飯。助産院では、自分がそれまで知っていた病院での入院生活とは全く違った時間が流れていました。

この素敵な助産院に魅了されて、産後は子供を連れて、尊敬する先生のもと、助産院でお産のお手伝いをさせて頂きました。助産院でのお産はどのお産もとってもあたたかく、ママたちは産んだ直後とは思えないほど美しい穏やかな表情をされます。赤ちゃんが生まれたいタイミングを信じて待つお産は、ママも、赤ちゃん自身も傷つけることなく進みます。
お産は女性にとって特別な出来事です。一生のうち、そう何度もあることではありません。その時を、どこで、誰と、どんなふうに過ごすのか、どんな気持ちで赤ちゃんと出会うのか、そのことを、どの女性にも皆大切に考えてもらいたいなと思います。きっとその出来事が、その後の育児や家族との関係に影響してくるはずです。

長女を出産した時、「助産師」として、「母」として、これから自分がどう生きていこうかということをすごく考えました。助産師としてお産という場に携わりたい、でも母としても子どもたちの今しかない時間を一緒に共有したい、そんな2つの気持ちの葛藤を繰り返し続けた結果、《自分で自由に動ける開業をしよう》と思うようになりました。

富士宮に戻ってきて3年。私にはたくさんのママ友ができました。子供がいなかった時には出会えなかったママ達との出会いは、一生ものだと感じています。それだけ、子育ての毎日は濃くて、新しいことだらけで、不安だらけで、同じ時を同じように悩み共感してきたママ達とは、すぐに心が共鳴します。
そんなママ達と話す中で、多くの方が、産後1ヶ月がしんどかった、辛かった、涙が出た、と話されます。私自身、子育てを通して初めて、産後1ヶ月の不安定さを身をもって体験しました。

赤ちゃんは本当に可愛い。でも、なんでか涙が出る。うまくおっぱいをあげられない。母乳がでない。泣き止まない。眠くて眠くて仕方がない。上の子の相手をしてあげられない。思うように体が動かない。気持ちがいつもそわそわする。

産院を退院し、小さい命を抱えて初めて過ごす自宅での夜。ちゃんと息してるかな?って気になって、命を背負う重さみたいなものを感じるんです。初めての子であればなおさら、毎日が落ち着かない日々です。

たくさんのママたちと出会ったことで、私は、そうしたママたちの不安が少しでも軽くなるようなお手伝いをしたいと思うようになりました。子育ては大変なこともあるけれど、それ以上に、幸せなことで溢れています。赤ちゃんと過ごす毎日が、ママと赤ちゃんにとって楽しくなるお手伝いがしたいと思いました。だから、産後のママを対象にした、訪問型の助産院を開業しようと決めました。

初めての育児にはたくさんの悩みが、2人目、3人目にはまた別の悩みがでてきます。赤ちゃんは1人1人違うので、ママの悩みもそれぞれ違います。経産婦だからって気を張る必要も、頑張りすぎる必要もありません。

現在、分からないことはすぐに携帯やパソコンで調べられる世の中です。心配事を検索したら、いろんな情報が手に入ります。自分に当てはまりそうな記事をみつけたらホッとして、当てはまらなければダメなんじゃないかと思ってしまう。情報に振り回されてしまうと、何が本当に知りたかったことなのか分からなくなってしまいます。
赤ちゃんは一人一人違います。何かにあてはめるのではなく、世界にたった1組のママと赤ちゃんの関係を、楽しんでみてください。毎日赤ちゃんを見ているママのセンサーを大切に。それでも自信がなくなった時は、私を呼んで、これはどうかな?大丈夫かな?って、一緒に赤ちゃんのことを考えさせてもらいたいです。

まだまだ微力な私ですが、大好きな富士宮市に、ママと赤ちゃんの笑顔がたくさん増えてほしいと願っています。お困りの際は、お気軽にご相談下さいね。


青野有紀子
助産師・看護師・保健師
現在 1男1女の母
おむつなし育児アドバイザー、デリケートゾーンアンバサダー